ハウンド・コンプレックス

背景・人物

アウシェラ
太平洋に面した島国。東西南北に大別される。
日本とアメリカに挟まれるこの国は、かつてはユーラシア大陸と北アメリカ大陸を結んでいた。
そのつながりは先の時代の大戦によって完全に絶たれている。

北アウシェラタクティカル学園
北アウシェラにある私立の高等学校。4年制。
現政権による国営の大幅な方針転換によって、軍学校が増加する時代よりも前からある。
専門分野ごとに集中した教育を施すことで、生徒の潜在能力を引き出し、国防の即戦力へと生まれ変える、という北アウシェラの精神×進学校的な教育方針が特徴。

アン
防衛科に所属する3年生。前線においては半人前程度の実力。
アウシェラで生まれ育つ。いろいろと悩ましい年頃。

レイナ
突入科に所属する3年生。前線においては半人前程度の実力。
アウシェラで生まれ育つ。バカと天才は紙一枚ほどの違いもないのかもしれない。

第1章

「火力が足りない……」
射撃訓練場のなかで一言つぶやいた。

「ねぇ!なんか言ったぁ?」
横のレーンからIQの低そうな声が聞こえてくる。
ため息をつきながら、射撃レーンの奥から帰ってきたターゲットに目をやる。

ターゲットには防弾プレートがダクトテープで括りつけられてあり、プレート中央には5.56ミリの弾丸が化学繊維に絡めとられ、力なく横転している光景が広がっていた。

「……見てみろよ、これ。一体どこの弾を使わされてるんだ?」
思わず2年弱のあいだ黙認していたはずの疑問が口に出る。

「知らない!どっかの会社のじゃない?」
またしても横から思考を放棄した声が聞こえてくる。

ウチの学校にお抱えの工房などはない。“どこかの会社”で作っていることくらい知っている。

問題なのは、学園内で最も優秀な部隊にいるはずなのに、支給される弾薬は80m以内でレベルⅢを満足に貫けないことだった。
昨今、どんなテロリストでも防弾チョッキくらいは持っている。現金輸送車を狙うような奴は尚更いい装備だろう。

「こんなんじゃ期末のインターン期間が命日になってもおかしくないぞ。」
自分でも声に不安がにじんでいることは分かった。

2年生の所属する防衛科は、進学前の期末テスト期間に実習が入る。より実践的な経験を積み、現場で活躍する人材にするとともにキャリア感を高めるためだ。
もちろん、銃火の飛び交う最前線に出る生徒は少ないし、前線に行っても後方支援に終始する。
しかし、それなら命を落とす可能性が全くない、なんてことはない。

「アン!そっちマガジン余ってない?クイックロードしたら壊れた!」
こいつくらい能天気ならむしろ大丈夫かもしれないが。

「また壊したのか……。ちゃんと自分で整備部に申請しに行けよな。」

「えぇ~!嫌な顔されるから嫌なんだけど!…というかこの前行ったら“レイナ”って書いてある専用ファイルが出てきたんだけど!すごくない??」

窓口での対応事由が記入されるファイルのことだろう。
専用ファイルがつくられるほどには予想される事故の回数が多いということか。

「よくそんなんで軍学校に入ろうとしたもんだよ。」

「逆境に立ち向かう女ってことね!」

本当に能天気な奴だ。インターン先で粗相をしないか、わずかに心配になってきた。
…そういえば、こいつはどこに派遣されるんだろうか?

「そういやお前、インターン先どこだっけ?」

「え~と、ママの職場だから…北署の一番大きいとこ!」

そういえば、前に母は警察官だって言ってたっけ。
とはいえ、別に警察の家系ではなく、父方の実家は射撃場を経営している。
わりかし有名な会社だから学校でも知っている者はいる。

しかし警察となると……もしも、仮に、インターン期間中に事件が起こったりしたらどうするんだろうか。
戦える以上、現場に出動することも全くないとは言えないだろう。

「お前も大変だな。」
なんとなく、同じ立場な気がした。

「ね!絶対ママにこき使われるじゃん!」

そういう意味ではないのだが。

「でも、アンの方は本当に警備会社で良かったの?」
レイナは私に向かって不思議そうに尋ねる。

「どっかのわけのわからん砂漠とか雪山に派遣されるより、国内の警備会社の方がいいだろ。」

「えー?でもそっちの方がちゃんと働かされてめんどくさいじゃん!」

「お前と私では価値観ってやつが違うんだよ。」

しかし、レイナに言われて気づいたが、あくまで訓練目的で軍基地へ派遣されるのと、現場で働く必要がある警備会社では安全面に大きな違いがあるのではないか?

まず、軍の基地をいきなり狙うようなバカはそうそういないし、たとえ前線に出たとしても周りには強力な味方がいる。
それに比べて警備会社は警察ではないし、周りにいるのはあくまで警備員だ。

それに…軍事施設を狙うような大規模なテロよりも、そこいらの車をひっくり返したり、窓口係を脅かすほうが簡単なのでは?

そして、テロや強盗以外にもリスクはある。
デモ活動が過激化して巻き込まれる可能性だってあるし、災害に乗じて悪事を働こうとする場合も——

「でもまあ、そんな大変じゃないっしょ! 1週間だし!」
何も考えていなさそうな声が頭の中の議論を一蹴する。

「いや、万が一を考えておかなくてどうする?そもそもリスクを洗い出すのは、私らでやれって言われてただろ。だからこうして新品のプレートを無駄にしてまで弾薬の性能を確かめてるんじゃないか。」
なんだかムキになってしまった。

「じゃあ、徹甲弾か強装弾でも探したら?実家に来るお客さんにも聞いてみようか?」

ありがたいことではあるが、どうもしっくりこない。
おそらくもっと「ここのパーツをこういじればいい」とか、“そういうアドバイス”を期待していたからこそ、ことさら武器に強い関心を抱くレイナにこの話をしたのかもしれない。

「いや、まあ、そうか。……でも、個人的にはいっそ別の武器にしてもいいんじゃないかなって。」

「ほ~ん?ならもっとデカい弾を使うライフルにすべきだね!SCARとかFALみたいなのがいいんじゃない?あ、M4を7.62mm仕様にしたやつとかはマニアックだから流通少ないけど……いや待てよ、今のM4を300ブラックアウトが使えるようにレシーバーとバレルを換装してだな……」

話が良くない方向に曲がる音がした。
というかデカい弾を使えば何とかなるってわけでもない気がするが。

「いやいや、カスタムはいい。結局値が張るし――」

「リサイクルボックスのパーツ使えばタダじゃん!待ってろ~!私がやってあげるからそいつ貸して!」

考え得る最悪の方向に話が進んだ。
レイナのカスタムだと……。

「この際言わせてもらうが、お前は運がいいからどうにかなってるだけだ!この前のトライアルを見たぞ!」
15日前のこと。レイナのカスタムが加わった武器6種類のうち、5本が100発の射撃テストで暴発。射手が強運の星のもとに生まれていなければ、無傷では済まなかっただろう。

「あれは……」
さすがのバカも故障率の高さと危険性は理解しているようだ。

「でも弾は出てたし!」

そこまで理解してなかった。

「わかった、この話はやめよう。ひとまずは市販の弾丸で対応するよ。」

ここまで来てようやく相談相手が間違っていたことに気づいた。こういうのは学園のウィキペディア先生ことO2に聞くべきだった。

「ちぇ~……」
お菓子を買ってもらえなかった子どもみたいに、不満そうな顔を見せるレイナ。
なんだか気の毒に思えてきた。

確かに今の武器には正気飽きてきてはいる。軍のおさがりだし、なんだかんだ故障も多い。
100発撃った場合、軽微な故障が8~10回は起こる。
そして、今の弾薬では万一の時に十分に対応できないとさっき判明した。

…もしかして、意外とパーツカスタムとか乗り換えは必要なのか?

「だが、まあ、必要なら仕方ないか……もし、武器を変えたらお前にも使わせてやるよ。」

わかりやすくレイナの目に輝きが戻った。

「そマ!?約束だかんね!」

「はいはい……。」
お父さんと遊ぶ約束をした子どもみたいで、とても普段から小銃をぶっ放してるとは思えない。

後から考えてみれば、この約束は当事者でないレイナの方が得だった。

第2章

北アウシェラの都市部から少し離れた地方。
カタラス市のとなり、山間部の近くの田舎町に来た。
以前に父と一緒にここらへんの銃砲店へ足を運んだ記憶があったからだ。

「変えるっつったが……。」

レイナに言ったこと、言われたことを考える。
そう、候補はある。
わざわざ大口径を使う意味はないが、しかし、使うとしたらレイナの言う通りSCARもFALもMCXもハニーバジャーも大口径が使えるし、私たちに下される任務内容とも適合している。

だが、何かこう、しっくりこない。
サイズとか重さに懸念があるせいかもしれない。
今使っている学校支給のMk.18は小銃にしては軽量でマガジン含めて3kgほどだ。
サイズも700mm程度だ。

一方で大口径の銃は中~長距離のものが多いことも関係し、各パーツがサイズアップするため重さや大きさも増える。弾薬自体の重さも微増する。
反動制御が困難な場合はウェイトが必要なこともある。

しかし今必要としているのは、火力あるいは貫徹力だ。その点が大口径なら解決しやすい。

まあ、コスト的な意味で調達のしやすさも重要なのだが…。

まとまらない考えのまま、ある店に着いた。
モダンではない、古すぎもしない、ところどころ煉瓦造りが残るこぢんまりとした店。
新参者にはやや近寄りがたい雰囲気だが、ドアを開けなければならない。

重そうなドアを押し開けると、木材と金属とオイルの無骨な空気がそばを抜けるのを感じた。

「……」

まず目に入るのはズラリと並んだ様々な銃。

店の外見に合わせるためだろうか、木製ストックが滑らかに光を映す狩猟用のライフルやらポンプアクションショットガンやらが出迎える。
最も目につくショーケースにはアンティークのようなリボルバーも並ぶ。

だが、店の奥に行くほど複雑に黒光りするオートマティックやら、樹脂製のカービンキットを身に纏ったSBRやらが並んでいる。

それなりに品ぞろえは多いし、なんだかんだ息が長い店だが、今日は客がいないようだ。
…店員もいないのか?

「昔はもうちょっと人気があったのにな…」

「ひとの店を廃業寸前みたいに言わないでください。」

背後から囁かれる声にゾッとした。
「うわっ!いたのかよ!」

「……こんな銃だらけのところ、開けっぱなしにはできませんよ。」

「まあ、そうか……」

「本日は何をお探しですか?」
そう聞くのは、派手な赤の長髪に、頬から顎にかけた大きな傷跡が目立つ、静かな眼差しの女性だった。

そして、自分の用よりも気になったのは彼女の服装だった。
いつもスーツか少なくともシャツだし、それは今日も変わりないが、ベストもシャツもおろしたて、パンツもアイロンがかかっていて髪も梳かしている。

「…マスター、今日はパーティーでもあるのか?それともバーでも始めた?」

あまり見せないだろう笑顔で女性は答えた。
「これから政府の少し特殊な方々がいらっしゃるのです。」

「ああ……だから…」

「無理をしているわけではないですよ。」
飲み込むか迷っていた言葉を食い気味に否定された。

「正直、儲かってないのかと。」

「失礼な。アウシェラで80年の歴史がある"ノーススター"ガンショップですよ?戦中は政府からも一目置かれていたほどなので、その時のお客様は今でも――」

「新規が入っているようには思えないのですが。」

私がそう言うと笑顔が消えた。

「…さて、2時間後にお客様がやってきますので、そろそろ貸し切りの時間です。」
あからさまに追い払おうとしてくる。
さすがにバカにしすぎたか。

「わかった悪かったよ。いちおう用があって来たんだ。」

「その用とは?」

「銃を新調しに来た。」

そう言うとマスターはパッと笑顔に戻った。

「それなら結構でございます。何をお探しか聞いても?」
金になるとわかればこの速さ。さながらモジュラー式のような切り替えと対応力だ。

「中身を一新して別物にするのと、新しく買い替えるのとでは総合的にどっちがいいですかね。」

「ピンキリですね。単純な部品交換くらいなら安く済むこともありますが、例えばMk.18を対物ライフルに改造したい場合は、買った方が早いし安いでしょう。」

「じゃあ、Mk.18を7.62mm×51 NATOとか、.300AACとか、7.62mm×39に対応せる場合はどれくらいかかる?」

「中古のSA-58とかを購入する場合なら安いですし、まあ、換装でも学生に払えない額ではないかと。ウチは学割ききますし。」

「ならそうしようかな…」

「とはいえ、もともとそれ用に作っていると思うので、装薬量の多い弾を使うとなると、他パーツに影響が出る可能性はあります。よく使うなら多少値が張っても買い替えた方が安全ですよ。」

それはもっともだ。私じゃ、レイナと違って暴発しても無事な保証はない。

「買い替えるってなると…やはり大口径か。」

「どのような物にしますか?」

「遠くを狙うわけじゃない。趣味じゃなくて学校…というか、警備関係のインターンがあるからそこで使うかも。」

「…もし車内で扱うならハニーバジャーのような小型のPDWか、MDRのようなブルパップ式もコンパクトでおすすめです。広い室内で扱うならSCARのような比較的大型の小銃でも問題はないでしょう。あ、警備の方向性にもよりますが。」

「なるべくコンパクトな方がいいけど…」
やはり、概ね思っていた通りの回答だった。

「…うーん」

「気に入りませんか?」

「まあ……とりあえず操作性からブルパップ式は無しとして……」
少し目を細めるマスターを横目に本題に入った。

「そこまでは考えてたんだけど、なんていうか、今まで扱ったものに近いものの方がいいのか、これを機に全く扱ったことのないものに慣れた方がいいのか……」

「…そもそもなぜ大口径を?警備ならハンドガンでも十分なほどです。私の在籍時と比べるのもなんですが、今のMk.18で不足はないと思いますが。」

「いや、訓練でⅢAのアーマーを撃ち抜けなかったんだ。」

「では弾を変えては?徹甲弾は……ウチではあまり扱ってませんが、紹介してもいいですよ。装薬量が変わる場合はウチで強度の高いパーツに換装できますし。」

「まあ、そうなんだけどさ。」

「あまり浮気するものでもありません。」

「……まあ、そうなんだけどさ。」

「ああ、そもそも付き合ってない感じですか。」

「ん?」

「結局のところMk.18はおさがりですからね。誰しも自分のこだわりの武器くらいほしいですよね。」

「……」

所有感は考えてもみなかった。

小さい頃、父に連れられてシカの狩猟に行ったことがある。
父は私用の防寒具やらキャンプ用品は持ってきたが、自分のための持ち物は銃と斧と携帯電話ほどだったように思う。

「大抵、その場にあるものでなんとかなる」
という父がどれだけ有能な人物だったか、入学して痛感したのは言うまでもない。
そんな父の娘である私が、一つの武器に執着するわけがないと思い込んでいた。

「………え?」

「学園の人間なら、誰しも好きな武器くらいあるでしょうし、自分の相棒だってほしいでしょう。まあ、あなたの場合は小口径に飽きてきたとか、デザインに飽きてきたとかもありそうですが。」

「は?」

「あれ、違いましたか?開口一番で大口径、原因は弾の貫徹力によるにもかかわらず弾薬の変更には乗り気でないなら、あとはデザインとロマンでしょう?」

「………」

「あの、平気ですか?」

「あ、うん。」

「では、広くいかないと。カタログを持ってきますよ。」

「う、あ、いや…」

「もしかして、すでに決まっているんですね?」

「いや、でも……」

「こっちはプロですから、気にしなくていいんですよ。物にはよりますが、お取り寄せも可能です。」

「……」

「何が欲しいんです?」

「7.62mmの……」

「うんうん」

「AK。」

「……」

「……んーーー………………」

「んーーー、あのーーーー、アメリカの会社が輸入してカスタムを加えたやつと、狩猟用の派生モデルがあるんですけど……」

「ロシアの純正がいい。それもなるべく低迷期に出たやつ。」

「……………」

「………………」

「流石に無理です。」

「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜………」

「いやいやいや、軍の現行モデルですよ?ここらで手に入るのは輸出用に調整されてますし、仮に軍用が流れてきても100%汚れた品ですよ……」

「知ってたさ、無いものねだりだって。それじゃあ大人しく高い弾薬を買うよ。」
そんなものは要らなかったが、これだけ時間を使って帰るのも気が引けた。

結局その日は、市販の弾薬の中では貫徹力が高い高性能普通弾を購入し、Mk.18のメンテナンスをして帰寮した。

帰った後レイナは落胆していたが、バレルの変化にめざとく気がついた。

「これ新品になってるじゃん!いいなー!私のときはやってくれなかったのに!今度文句言ってやろ!」とのことだった。

マスターが気を利かせてくれたおかげか、欲しいものは手に入らなかったが不思議と嫌な気はしなかった。

第3章

あっという間に2ヶ月経った。もともと訓練に使っていた銃だ。
パーツや弾が変わろうが大して慣れるのに時間はかからなかった。

レイナはこの期間に3丁はダメにしたが。

「もうカースドガンを作るのはやめろ。」
今まであまり口にしたことはなかったが、流石に銃と整備部のおっさんがかわいそうで止めに入った。

「そんなもんは作ってないよ!それに私が最も期待されているのはガンスミスの能力だからね!」

自信満々に話すレイナを見ていたたまれなくなった。コイツの家系は数奇だ。

前に聞いた通り、母は警察官だが、そっちより一般的には祖母の方が有名だったりする。
レイナの祖母は最後の大戦に参加して武功を立てた戦士で、今はオーダーメイドのガンパーツを販売する会社を興し、射撃のインストラクターとして現役バリバリだ。 …男親はどうなんだろう?

ともかく、ハリウッドにも引っ張りだこのガンスミス兼インストラクターを祖母に持っておきながら、自分にはその、天才的な調整センスはないのだ。

「だーもう!なんでこのネジが入らねーんだよ!」

「インチが違うからだろ。」

「インチとか考えたやつ誰だよ!」

「荒っぽいんだよお前は!いい加減向いてないことに気づけ!」

「はぁ〜!?じゃあなんなら向いてるっての!?成績いいんだから答えなさいよ!」

「ハァ?私はおまえのwikipediaじゃない!知るかよそんなん…」

「ほら!アンタには発想力ってやつがない!私にはある!つまり向いている!」

「カースドガンを作る能力のことを言ってんなら褒めてやるよ。」

「このっ!私はとにかくこれが一番得意なんだってば!」
「いった 触んな殺すぞ。」
「うるせえこの おら あ、ちょっいだだだ」
「あ!こら!机蹴っ飛ばすなバカ!」

「サガワでーす!」
「「あ"?」」
つい夢中になっていて気が付かなかったが部屋の入口を見ると、見知らぬようなどっかで見たような女性がいた。

「誰?」
私より先にレイナが聞いた。
入り口の女性は驚いた素振りを見せた。

「それなりに有名だと思ったんだけどなぁ。始業式さぼってたんか?まあいいや。2人に伝えることがある。」

女性が続ける。
「"ハンドラー"は知ってるだろ?」

聞き覚えがある。
3年前ほどにこの学校に着任した教官だが、際立って厳しいことで有名だ。一方で、彼女が声を荒げるのはほとんど教員に対してで、いつも生徒のことを思いやるからこそだ、と擁護する奴もいる。(その甲斐あってハンドラーよりはマッドドッグだ、とぼやく酸素野郎もいたが。)

「誰??」
レイナは全く分かっていないようだ。
コイツはどこまでも……

「…知らんのか?3年前にこの学校……あーもう、さっき回想したばっかだっての。こういう時のシナリオの組み方よくわかんないよね。」

一体なんの話だ?だが、声を聞いているうちに誰かは思い出した。

「とにかく、3年の後半からお前ら2人とも私の部隊に編入してもらう。何しろ優秀だからな!ほら!誇っていいぞ!」

「なんでアンタの部隊に入ると誇らしいわけ?

「クソ…こいつ……引き延ばしてきやがる……つまり、まあ、私こそが学園の首席、ある時には前線を張り、ある時には広報をこなし、またある時は——」

「"ウルフ"ですね?」
つい口が出てしまった。

「なんだよ、ネタバレNGだぞ。」

「え!あの"ウルフ"なの!?」
さすがのレイナも学園主席のコールサインは知っていたようだ。

「そう!"あの"!"ウルフ"ってわけ!…ダブルクオーテーションが多いな……これからはカレンでいいよ。」

ウルフ。それは代々受け継がれる首席のコールサインだ。
通常、コールサインに意味を持たせ、受け継いだりすることは稀だが、学園を象徴するヒーローのような存在を作ることで、生徒の動機づけやPR、犯罪の抑止にもつながる…らしい。という理屈で、この学校では首席が同じコールサインを世襲している。

そして現在のウルフが、今目の前にいるカレン・"ウルフ"・ササキなのだ。
日系人なのだろうか?苗字まで日本風なアウシェラ人はあまり多くない。

首席は必ず特殊科に入るので、多分に漏れずカレンも特殊科だ。
ということは?
「つまり、私たち2人は特殊科への編入が正式に決まったわけですね?」

「その通りさ!」
笑顔で答えるカレン。

「でも何が決め手なの?やっぱ私の才能…?」

私はおまえのオマケじゃないぞ、レイナ。
あと才能って……。

「そう!お前の才能さ!」

「えっ…?」

私は困惑した。
コイツのガンスミスの才能に頼るなんて、特殊科は案外ギリギリな所なのではないか…?いや、そうではなくて、天才的な芸術は凡人からすると子供の粘土細工とさして変わらなくみえるような、アレなのか?

そんなことを考えているとカレンが私の選考理由も伝えてくれた。
「ああ、アンちゃんの方は通年のトータルスコアが良かったし、何よりタフそうだからね。それもある種の能力さ。」

「えっ……?」
これにも困惑した。
確かにこれまでへこたれずに頑張ってきたが、私はタフなどとは程遠く、むしろ、一つ一つの些細な出来事でも過剰に神経を注いでしまう。
よくいえば几帳面、悪くいえば神経質。それくらいは自分でもわかっているが……やっぱ、特殊科なんぞに希望を出すんじゃなかった。天才の領域を甘く見ていた。私にはきっと向いていない…。

「わかりやすく言うとだ、君は一番振れ幅があるってことさ。お堅い軍人の時代はもう過ぎ去った。いまは柔軟な対応力が求められるってわけさ!臨機応変なのは大事だからね!」

正直この説明では全く理解が及ばないが、隣のやつは機嫌が良さそうだ。

「やった…!これでケリーズワンダーランドを建てる夢に近づいたぞ!!」

こいつそんなこと考えてたのか。

「おぉ…そうか、まあがんばれ。で、お前らまだインターン前だろ?一旦はそっち優先してもらって構わん。私と違って戦地に赴くわけでもないしな。」

そういえばカレンの時代は色々事件が起きていたそうだ。

「えと、カレン先輩はインターンで軍の派遣先と同じところへ?」

「ん?んー………まあね。クソクソのゴミクソだったよ。」

暗い笑顔で簡潔に答えたが、すぐに元通りの笑顔に戻った。

「まあその話は私が主人公のSSがでる時に話すさ!いまの時点で一つ言っておくとしたら自分の能力に自信を持てって言っておくよ。お前たちは強いんだから。」

「はーい!」

「…あの、先ほどから能力に自信を持てと言いますが、私はそんな……。」

不思議そうな顔をするカレン。
「ん?君はそういう能力だと思ったんだがな。めちゃくちゃ心がタフだとか、あるいはケガしてもすぐ治るとか。……そういう経験ない?」

「一部ではそういう噂がある先輩もいますが、そんな化け物じみた芸当、誰もできませんよ……。」

たとえば、向かってくるヘリのコックピットを打ち抜いたスナイパーが偵察科にいるとか、武器もないなか5人のギャングをカラテで返り討ちにした生徒がいるとか、この手の噂話は挙げればきりがない。
たいていは見栄を張った生徒が訓練内容に誇張と脚色を加えて話しているだけだ。

「私ならできるけどね。」
カレンがわざとらしいドヤ顔で答える。

「はあ……。」

さすがに困惑した。
この人の言うことはあまり信用しない方がいいかもしれない。

すかさずレイナが割り込んでくる。
「じゃあ、鉄で補強されたバリケードをタックルで突き破ったブリーチャーの話は本当なんですか!?」

カレンが笑いながら答える。
「ああ、それは防衛科の”ライノ”だな。あれは有名な逸話だからなぁ。ちなみにあいつ自身もダイナマイトみたいなやつだよ、性格も胸も。」

「すっげー!マジだったんだ!あのハナシ!」

マジなことがあってたまるか。
……え?今の私ってそういう離れ業を求められてるの?

「いや、あの!レイナは知らないですけど、私にそんな無茶なことを求められても——」

言いかけたところでカレンがフォローしてくる。
「あー大丈夫だよ、そういうライノみたいに顕著なのは異端児だから。でもまあ、期待してるよ。」

私は絶句し、レイナはさらにテンションが上がった。
「わ!わたしも!そういう能力がある…ってこと!?」

カレンは笑いながら答えた。
「お前の能力は誰より珍しくて、誰より明白だよ!」

レイナは人生の絶頂のようだった。

カレンは咳払いをして説明を続ける。
「まあ、そんな風に、極限状態に陥った人間が発揮するリミッターを解除した力ってやつを熱心に研究する人間が、うちの学校とも、国ともつながりがあるもんでね……。」

そういう“能力“ならニュースにもなっていたので聞いたことがある。
北アウシェラに住むある男性が、衝突音と幼い息子の悲鳴を聞いて駆けつけると、息子が横転した車の下敷きになっているところを発見した。
その男性は我を忘れて車の下から息子を引きずり出したが、そのときに2t近い重さの車を持ち上げてどかしたそうだ。
その男性は、特に訓練など受けていないただのサラリーマンだったらしいが。

人間、その気になればありえないパワーを発揮することができるのは科学的な観点からしてもおかしい話ではない。そして、軍事やスポーツなどで活用したいと考える人間がいてもおかしくはない。

……しかしまあ、だれがどう聞いても噂程度の話だ。
それをマジに考える人っていうのは……正直、あまりお近づきになりたくはない。
カレンはおそらく、そういうところに顔を見せるのもウルフの仕事だからやっているだけだろう。

話を聞いているとふと、嫌な疑問が浮かんだ。
「うちの学校や国としては愛国心より、そういう優れた身体能力とか、適性を持った人の選抜とか研究をしたいんですか?」

カレンは笑った。
「もちろんそうだろう。だが、それはこの学校だけじゃない、いまや世界中がそうだ。別に悪いことじゃない。就活の適性検査みたいなものさ。もちろん、体力自慢ならアスリートを目指したり、引っ越し業者に就職してもいいし。」

そう言われればそうだが、なんだか……

「殺ししか能がない人形に育てられているようで嫌か?」

「それは、兵士ならばそうでしょうが……しかし、効率的に殺したいなら、もう機械の時代のはずです。」

「オール電化にはまだ早いさ。それに雇用を生むのは良いことだろ?」

「軍人みな、人殺しがしたいわけではないはずです。」

「だが敵に情けをかけていては戦いにならない。そもそも軍人というのは、半分は適性を見込まれたから軍人になっている。そして、もう半分は自分で道を選んでいるはずだ。少なくともこの国の人間は。」

カレンの言葉は刺さるものだった。