第4章
「俺らがやることは、そう大したことじゃない。受付に挨拶して、金をもらって、トラックに乗せる。大体はこれで終わりさ。」
インターン当日。
期間は1週間ほどだが、初日はオリエンテーションで終わり、2日目の今日はトラックへの積み込みを手伝うことになった。
案外アットホームな職場で、インターンの私にわかるように先輩社員が丁寧に仕事を説明してくれた。
「あ、そうだチェックリストを見ればいいよ。ほとんどソレ通りにやるし、複雑なものは俺とかが対応するから。」
「ありがとうございます…」
簡潔に返事をして、チェックリストをみる。
細かな確認が多い仕事だが、私の得意なことでもある。思っていたよりも向いてるのかもしれない。
……………S区画も巡回するのか………
ここはS-15、38と22だったはずだ…
本日の担当はジャック、つまりいま隣にいる先輩社員。
出身はアウシェラ南方、高校の時に水泳の選手として推薦をもらって短大に進学。
スポーツ選手よりかは安定していてそれなりに金払いがいいこの会社に就職…とか話していた気がする。
つまりどういうことかと言うと、チームメンバーは軍役経験や軍学校、警察学校を出ておらず、ほとんど射撃のスキルもないが、つい最近ギャング同士の抗争が激化し始めたホットスポット付近へ、2人だけで大金を持って行かなくてはならないということだ。
おそらく私はこわばった顔をしていたと思う。
「……そういえば銃は支給されるんですね」
「ああ、そうだね。まあ、みんな私物を持っているわけじゃないからね。でも、ほとんど使わないよ。訓練も1ヶ月に1回くらいだし……そういえばM9から更新されてからまだ2回くらいしか使ってないな……」
現在支給されているハンドガンはG17の第3世代目~第4世代目だ。
M9も進化し続けているため一様ではないが、基本的にはG17の方が装弾数が多く、グリップに拡張性があるため個人の手の大きさに合わせやすいなどの利点がある。
アウシェラ軍(元をたどれば米軍も関係するが。)の払い下げ品を定価より安値で買って運用しているようだ。
そのせいか、目に見えて小傷が多く、あらゆる部分にガタが来ている。
ただし、悪い面ばかりでもない。
新品にある出荷時のミスは確実に残っていないだろうし、スライドはスムーズに動く。
それに、元の使い手がメンテを欠かしていなければ、まだまだ使えるのだ。
しかし、やはり、心配だった。
そう、結局のところ、Mk.18のような長物や弾薬、装備品のほとんどがインターン先への持ち込み不可だったのだ。
正確には、スペースや印象の問題で会社には持ち込めるがトラックには積載できず、装備もできないのだ。
一応わたしは客である銀行員と一般人にも顔を出すことになるため、有事でもないのに仰々しく武装するわけにいかないらしい。
だがそれでは“有事”のとき、私や私の仲間はどうする?
どうやって仲間を守る?
どうやって敵を殺す?
……
ここまで考えてカレンの言葉がまた頭をよぎる。
「さて、それではタフガール。お前はなぜ引っ越し業者を目指してないんだ?」
あの胡散臭い“能力”の話の後、こう言われて、私は腹が立った。
私がシカを殺すのでは飽き足らなかったからこの世界に入ったとでも言いたいのか…!
……
父との狩猟は楽しかった。
そんな父は海外へ出張した際に、テロに巻き込まれて死んだ。
私は守るために、変わり続ける敵に対応するために、銃の道を選んだのだ。
「あれ、おかしいな。」
先輩の声でフロントガラスの先の光景に注意が言った。
「どうしたんです?」
「いや、通行止めだって聞いてなかったから……」
フロントガラスの先を見ると、通行止めの看板と三角コーンで完全に道がふさがれており、交通整備員が2人、誘導灯を横にして突き出していた。
「どうしたもんか、戻るにしてもここじゃあ大変だぞ。Uターンできるスペースなんかないし……困るなぁ。」
そうぼやく先輩にむけてサングラスをかけた警備員が声をかける。
「悪い!こっちは臨時の工事中でね。誘導するから待っててくれ!」
「しょうがないな……ったく。」
「そっちにスペースはあるか?」
「そっちってどっちのこと言ってるんだぁ…?」
先輩のぼやきを聞きながら、バックミラーに目をやると後ろにも2人の交通整備員が立っている。
「旦那ぁ!Uターンできそうか!なぁ!」
前の警備員が先輩に声をかける。
車内からではやり取りがしづらい。
「ああもう!スペースがない!ここじゃ無理だってのに!」
イラつきながら窓の開閉ボタンに手をやる先輩を見て咄嗟に声を出した。
「開けないでください。」
え?と怪訝な顔をする先輩をしり目に交通整備員の方を見る。
大して日差しが強くもないのにサングラス。
掘削機の音もせず粉塵も舞っていないのにマスクを着用。
そもそも一方通行の道の工事なら入口で封鎖するはずだ。
一瞬、交通整備員が見慣れた動きをした。
「伏せろ!」
甲高い連射音とともにフロントガラスにひびが入っていく。
「クソっ!なんだよ!!」
半狂乱の先輩にざっと指示を出す。
「バックして!ぶつかってもいいから!」
車が後ろに向かって動き出す。
と、思いきやすぐさま動きが鈍くなった。
「タイヤをやられたのか!離脱できない!」
頭を抱えたまま先輩が叫ぶ。
「降参して言うとおりにしよう!」
「どう見たって殺す気でしょうが!」
騙そうとした上にハチの巣にしてきてるんだぞ!
この場を生きて帰るには敵の排除しかない。
勝算があるとしたら左右へのがれてクロスファイアを避けること、それか片面の敵を排除して警戒するポイントを減らすことだが……
「消火器があったはず!前へ吹き付けて!」
「何!?」
「いいから!」
「吹き付ければいいんだな!」
先輩は無我夢中でピンを抜いて乱雑にフロントガラスへ消火剤を吹き付ける。
割れたフロントガラスから消火剤が煙のように外へ飛び出る。
これでひとまず前はふさげた。
座席を思いっきり後ろへ引いてスペースを確保し、G17のチャンバーに弾があることを確認する。
ドアを開けながら後方の敵に発砲、胸に1発、胴に2発食らわせた。
これで左の後方が空いた。
「先輩は隠れながら前に制圧射撃を!私は後ろをやる!」
そう言い残して車を飛び出る。
後方、車体右側の敵はおそらく運転席に回っているか?それとも遮蔽を取っているか?思考を止めないまま、レイナの見よう見まねで斜めに構えて車体後方に進む。
予想とは裏腹に、車体後方から私へ向かって弾が飛んできた。
つまり、車体の左後方、さっき敵を倒して空いたと思ったスペースに別の敵がやって来たのだ。
腕が悪いのが幸いして一発も命中しなかったが、結局このままだと挟み撃ちだ。
とっさにその場に倒れこみ、車体の下に上半身を突っ込んだ。
(よく考えれば、駆動系が死んで車が止まっていなければ左前輪のタイヤにゆっくり頭をつぶされていた……)
相手の足が見えた。相手も私の足だけが見えただろうが。
敵の足に向けて2発撃ちこみ、1発だけかすった。
ついた膝に1発くれてやると、いよいよ倒れこんだ。
私は立ち上がって頭に狙いを付けたが、命中したのは胸に1発だった。
しかし、事態はそう簡単に好転しなかった。
敵はみんなアーマーを着ているのか、最初に3発撃ち込んだ敵も呻きながら銃を構え直しているし、同じところで倒れている2人目も致命傷には至っていないようだ。
やばい、早く殺さないと。
車体前方の敵にももうバレているはずだ。
もはやパニックになり、車体後方に走りながら指と銃が動く限りで目の前に転がっている男たちに撃ちまくった。
銃弾が左腕をえぐりながら後方へ飛んで行った。
もうサイティングしていなかったかもしれない。
かず撃ちゃ当たるで片手のままでも撃ち続けると、意外と良く当たって敵の首と頭に命中した。
勢いをそのままに車の後ろへ逃れる。
残弾は4発程度。敵の持っていた銃を拝借する。
AKS-74Uかこれは?
古風な銃だが、レシーバーとハンドガードにはレールが装着されていて、ドットサイトやフォアグリップを搭載しているし、サプレッサーもついている。
Mk.18が恋しいが、四の五の言ってもいられない。
腰から懐中電灯を取り出して左手で構える。銃は左腕に依託する。
カチカチと点滅させつつ車体の右側から顔を出す。
再び射撃音が鳴る。敵の方が早く撃ったが、弾は持っていたライトに掠っただけだった。
私も遅れて射撃する。フルオートを3点射で刻んで撃つと2発が胸に、1発が肩に命中した。
懐中電灯の操作を止め、ひるんだ敵に6発ほど連射した。
全弾が胸と首に命中した。
残るは1名。今までに見た限りで、あと1人は車体の左前方にいるはずだが……
ピークで素早く上半身だけ遮蔽から飛び出す。
「おい!おい!いいのか!仲間が死ぬぞ!」
先輩が人質に取られていた。
どうやら右腕と下腹部に被弾しているらしい。
「やめろ!すぐに離せ!」
期待せずに命令してみる。
「おい!このイカレ女!聞こえてねーのか!こいつぶっ殺すぞ!」
かなりボルテージが上がっているようだ。
当然だろう。4人いれば勝てると思っていたらここまで追い込まれているんだから。
こっちも荒々しく言い放ってみることにした。
「いいから離せってんだ!銃を置け!」
「クソッタレ!お前が置けよ!殺すぞ!!」
「こっちだって殺すぞ!!人質を解放しろ!!」
「なめてんのか!このクソアマ!!てめえからぶっ殺して——」
先輩を抱える腕に向けて1発射撃した。
ちょうど掌に命中し、体勢を崩した。
先輩を離したところで、すかさず7発を胸に食らわせた。
制圧完了。
体感、30秒だった。
「あぁ……いてぇ……」
うめき声を上げてせきこんではいるが、先輩の意識はあるようだ。
アーマーを着ていたおかげか、先輩に目立った外傷はない。
さっきまでのドンパチが嘘のように静かになった。
まだ頭の後ろがビリビリとした感じがするが、とりあえず周囲は安全なようだ。
「すぐに警察を呼びます。あと救急箱はどっかにありますか?」
車内の無線を引っ張り出しながら先輩に聞く。
「……いや、そんなのはない。でも……思ったよりひどくはなさそうだ。」
たしかに。的に撃たれた部分の弾丸は貫けているし、致命傷ではないから人体に大きな損傷はない。
むしろ私が撃ったところの方が心配だった。
……少しでも狙いがずれれば胸に命中し、あのアーマーでは貫いていたかもしれない。
運よく貫かなくても胸を強く圧迫していただろう。
本当に今日は「エイムが良かった」としか言えない。
「すみません。危ないことをしました。」
「はは……。まあ……すごいよ。」
否定とも肯定ともとれないコメントだった。
無線で本社に連絡を取り、警察を呼んでもらうとともに、先輩も自分の携帯で警察に連絡した。
10分もすれば駆けつけるだろう。
さて、実はさっきから気になっていることがある。
(こいつら、まあまあいい装備を使ってるな……)
襲撃してきた全員がしっかりとプレートキャリアを着ていたし、いま撃ったAKだって中古品ではあるだろうが、射手の使いやすいように手が入っていた。
こいつのAKS-74UのハンドガードはXenoのを使っているな。
Xenoは近年成長中のカスタムパーツメーカーで、レイナのクロスマスターはこのメーカーとレイナの祖母の会社が共同で開発したものだ。
他の奴はどうだろう?
こいつはAK-74か…AK-74Nか?…MN?…いや、100シリーズかもしれない。
原形がないとイマイチなんだかわからないが、その程度にはドレスアップされている。
MAG-WEARのハンドガードにストックにマガジンと、MWユーザーだったようだ。
この会社の製品は樹脂製が多い。軽量で独特の手触りがあるうえ、温度の変化に強いという特徴がある。デザインがシンプルかつモダンなため、ハマるとこの強盗犯みたいな外装の銃になる。
……
…………
……いいなぁ……
「……いやいや、何を考えているんだ。」
これらは押収品だ。
このあとすぐ警察が来て、証拠として持っていくはずだ。
……
……
持っていってどうする?
私が犯人を全員殺して事件はもう解決している。
指紋を取るわけでもない。
犯人のプロファイルとか入手経路とか、そんなのは後で私が捜査に協力すればいい。
そもそも、自分が狩った獲物は自分のものだ。
え、これ全部私の?
こいつらのAKも
サイドアームも
プレートキャリアも
リグも
ファーストラインの小物も
マガジンも
グローブも
ブーツも
アイウェアも
G-SHOCKも
あ、そうか、
こいつらもか。
さっきまで私を罵っていたクズが口すらきけず、重力に負けて、ひっぱたこうが、身に着けているものを勝手に脱がせようが、何もできないでいる。
その様を目で見て、人体の重さを手で感じて、
無性に背筋がぞくぞくと痺れて動悸が収まらない。
……
まあ、全部は無理か……
どれを持っていこうかな。
さっき見ていない3人目の装備を調べる。
銃自体は大したことない。1人目とほぼ同じAKS-74Uだ。
だが、リグは悪くなさそうだ。
学校支給のプレートキャリアは~製で比較的安価で調達しやすく、軍でも訓練生だとか一兵卒が最初に手にするような立ち位置だ。規則からしてもそのまま使い続ける兵士が多いが、特殊部隊員などは変えるものも多い。理由は脱着のしにくさやサイズの大雑把さなどだ。
まさに私が気に入っていない理由だ。
それに銃だけ拾っていっても、スタナグ用のマグポーチにロシア製のマガジンがちゃんと入るか分からない。
最低でもポーチは必要だった。
このロシア製のリグは……Lynxと記載がある。
あまり流通しないせいで聞いたことはないが、まだよれてはいないし、使えそうだ。
前面は500Dナイロンの布地にモールが施されているおかげで拡張性が高い。
胸部分は通常の半分程度のサイズのプレートが入るようにポケットがある。
背面はさほど拡張性はないが、バックパックなどを取り付けることもできそうだ。
独特な見た目だが丁寧なつくりをしていて拡張性も高い。
悪くないかもしれない。
今のボロいアーマーをベリッと剥がしてリグを身に着けた。
ふと思ったことだが、このハーフサイズのプレートはどこで購入できるのだろうか。
あまり用途が無いなら高くつくだろうし、ロシア国内でしか流通していない可能性もあるが…
……
まあ、いいか。これが気に入ったんだし。
それに値段が高いだけなら大したことはない。
そう考えながら1人目と2人目の死体から時計を外し、4人目に目をやった。
「なんだこれ。」
何かは知っていた。
しかし、なぜこんなところにあるのかは分からなかった。
「これはAK-12か!……いや!15だ!」
AK-15はロシア国内で近年開発された新型の小銃だ。
既存のAKの正統後継モデルで、AK-12は5.45mm×39弾に対応し、AK-15は7.62mm×39弾に対応する。
AK-47や74で木製パーツだった部分は樹脂や金属製に変更され、レールはハンドガードの4面に加えてトップカバーに標準で搭載されている。
アッパーハンドガードには上部に長いレールがあり、側面前方には3スロット程度のごく短いレールがついている。これでもフラッシュライトやレーザーサイトの類いを載せるには足るだろう。
いま拾ったやつにはレールの隙間を埋めるタイプのレールカバーが、左右のレールに噛ませてあった。使用しない場合はカバーをつければ破損を予防できるほか、素手の場合に保持しやすくなる。
ロアハンドガードには下面にのみレールが搭載されており、側面はAK-74に似た凹凸とくぼみがある。これによってフォアグリップなしでもある程度は射撃しやすくなっている。
メーカーは不明だが、このAKには垂直のシンプルなフォアグリップが取り付けられている。この強盗犯がレーザーサイトなどの光学機器を搭載していなかったのは、フロントヘビーを嫌がったためかもしれない。
ストックは5段階に長さを調節可能なテレスコピックストックで、折り畳みも可能。
マズルブレーキには棘上のグラスブレーカーが施され、打撃の破壊力を向上させ、壁とマズルを密着させた依託射撃時の安定性を高める。
グリップにはフィンガーチャネルとステッピング加工がついていて、従来よりもグリップしやすく安定性が高められている。
フロントサイトはマズルの手前ではなくガスブロックの先端に備えられ、リアサイトはトップカバー後端に配置された。おそらくはサイティングのしやすさによる変更だろうが、西側ユーザーとしては違和感が少なくて済む。
もっとも、このAKにはドットサイトが搭載されているため、アイアンサイトの出番は少なそうだ。
このドットサイトは西側製かもしれない。JustAimの刻印が入っている。
このメーカーは学校でもおなじみだ。堅牢かつシンプルで癖が無いうえに安い。
そういえば、アイアンサイトにはホワイトが入っていた。こいつはサイトにこだわりがあったようだ。
「もう私のだが。」
しかし、なぜ最新鋭の軍用銃をこんな地方のギャングが持っていたのかは不明だ。
持つとしたら公的な身分証明が可能な私ら学生の方がまだしっくりくる。
と、いうことで、
このAK-15に関しては私が使わせてもらう。
中古品とはいえ、まだ黒光りしてツヤのあるフレームに、欠損のない完璧なレールはアートに近い。
それに15っていうのもいい。名前も12とか47とかよりは区切りがいいし、銃砲店のマスターに言われてから7.62mmのことが気になってしょうがなかった。
そう考えると本当にしっくりくる気がする。
全部いい。
こんなところで出会えているのも運命的だ。
よし、そろそろ帰ろう。
「お前、さっきから何してるんだ……」
先輩からの言葉で我に返る。
「いや、別に……」
言い訳にも満たない言葉しか出なかったが、先輩は何も聞き返さなかった。
第5章
まもなく警察が到着した。
まずはパトカーが1台。手早く状況を確認され、続いてSUVパトカーが2台きた。
先輩の手当てをしていると、まもなく救護用の警察車両も来た。
ホットスポットでの現金輸送車襲撃事件となると、おそらく警察特殊部隊の装甲車も来ているだろう。
あたり一面は封鎖され、私は聴取を受けることになった。
さっきまでの人気のなさが嘘のように、武装した警官やら救急隊員やらで賑わった。
今はこの、多くの人の声に安心感を覚える。
「——じゃあ、4人とも君が?」
「そうです。」
おそらく後で警察署にも連れていかれるが、その場で軽く尋問され、事実を答えた。
警官は眉をひそめながら質問を続ける。
「高校生だよね?」
「北の軍学校です。」
ハッキリ言って“北タクティカル学園”ってちょっと恥ずかしい名前だと思う。
普通にダサい……
「ああ……北の、ね。」
警官はやや含んだ言い方だったが、納得したようだった。
「名前はアン・コリンズだね。学校とご家族には連絡しておくよ。」
「ありがとうございます。でも、家族には病院に着いたら自分から連絡するので大丈夫です。帰るわけでも、死んだわけでもないですし。」
まあ、怪我はしたが、重大なものではない。
1日は入院するかもしれないが、その後は寮生活に戻るだけだし、経過を診るなら学校の医療設備で十分だろう。
「ああ、そう……」
適当に相槌を打つ彼は、明らかにちょっと引いている。
初陣にしては上出来すぎたし、私にしてはツキすぎている戦果だ。
ビギナーズラックってやつかもしれない。
「あ、そうだ。装備品は置いて行って構わないから。」
「えっ」
思わず声に出た。
「あ、いや、証拠品って扱いになるんですよね?自分の持ち物もですか?」
さりげなく、持って帰ってはいけないのか、そして、私物も回収されるのか聞いてみた。
もちろんあれだけ吟味した武器と装備だから回収されたくはないし、どれを持って帰るか悩んだ時間を無駄にしたくもない。
それに、ライトのほかベルトと銃に互換性のあるホルスター程度なら私物の持ち込みがOKだったわけだが、実は、目くらましに一役買ったこのライトはレイナの私物だったのだ。
今朝「ルーメンが違う!」とかワケの分からん連絡があって無視していたが、使った後に取り違えていたことに気づいた。たしかにルーメンは違った。
警官が返事をする。
「あー、悪いけど、今回は事が事だから。色々と調べなきゃいけないことがあるんだよ。
なので、大体1週間になるかなぁ?まあ、そのくらいで君の持ち物は返還されるよ。」
いまたしかに「君の持ち物は」って言ったな。
それは、「今さっき私のものになった持ち物」は含まれるのだろうか。
「……」
言えない…!「このAKひとめぼれなんです!」とかバカみたいで言えない!
そりゃそうだよなぁ……
……撃ってみたかったなぁ。
ほろりと涙が流れる代わりに、緊張で冷や汗がじわじわと出てくる。
……やべぇ…ポケットにしまった時計どうしよう。
これは完全に金目的だったから普通に窃盗になるんじゃないのか。
うう……やっちゃったかも……
バレたらどうしよう。本当にどうしよう。
心臓なのか胃なのかよくわからないが、ぎゅうっときつく絞られる感じがした。
「大丈夫?腕痛いでしょ?どうする?やっぱ病院行きたい?」
優しいはずの質問が緊張を加速させてゆく。
腕の一本くらいどうだっていいのに、腕時計の一本はかなりどうでもある。
その2つがどう違うっていうんだよ。
顔は無表情だったろうが、心はめちゃくちゃだった。
「ロブ!学校関係者だって人が来た!」
遠くから目の前の警官を呼ぶ別の警官が来た。
「え、早いな。もう連絡してたのか?」
「さあな。だけど元DEAなんだとさ。何かしら別の事件と絡んでるのかも。」
二人の警官が話しているそばに、一人の女性がやってきた。
黒髪のショートヘアに赤のインナーカラー、袖まくりしたシャツからタトゥーがのぞく。
パンツスタイルのスーツにすらっとした足と、ここまでならアーティストっぽくもある。
しかし、その口元の傷と心の奥底を刺すような眼差しで、すぐに一般人でないとわかる。
「…ギャングの用心棒じゃないのか?」
“ロブ”が私の心の中のことをつぶやいてくれた。
「よく間違われるわ。そのおかげでまだDEAは現役よ。地元警察なんかよりコネづくりがうまいってね。」
笑いをとろうとはしていないようなトーンだった。
私に向けて続けた。
「あなた、防衛科の3年よね?ハロルドが教官の。」
「……そうです。アン・“B-2”・コリンズです。」
コールサインは出席番号みたいなもので、わかりやすいのだ。
「よく一人で対応できたわね。腕は平気?」
まず戦果を褒められるとは思っていなかった。
「ええ、まあ……」
「私は特殊科の指揮を務めているキーラよ。悪口ならたくさん聞いてるでしょ?」
ああ、“マッドドッグ“の!とは言えない。
どうやら、この人の冗談は笑えないものが多いようだ。
「えっと、あの、カレンから聞きました…」
「悪口を?」
「違います。」
「あ、そう。意外ね。」
「はは……」
「……」
「……」
正直かなり怖い。
笑えない冗談でも、彼女なりに和ませようとしているのかと思っていたが、
表情筋が最初から無いのかというほど笑うそぶりも見せない。
何を考えてるのか分からない。
そもそもキーラは何をしにここまで来たんだ。
「腕は痛い?」
「え?ああ、でも、鎮痛剤が効いているので……」
「そう……錠剤タイプ?」
「え?あ、はい。」
「そう……あれ一粒が大きいから飲みづらかったでしょ?」
「まあ、そうっすね……」
「私が前に飲んだ時は、口が裂けてたから飲みやすかったけどね。」
「……」
「……」
「あの、なんでここに?」
「特殊科で担当するはずだった作戦があってね。ちょっと荒っぽいガサ入れみたいなもんよ。だけど、数日前に他のギャングか誰かが先に手を出して状況が変わったの。」
「どうなったんですか?」
「逮捕するはずだった組織はほぼ壊滅よ。」
「……」
「警察の方で状況を整理していたところで、組織の生き残り4人によって突然、強盗事件が発生と。再起をかけたのか高跳びしようとしたのか、今となっては理由は分からないけど、とにかく行動力のある危険なバカだったみたいね。」
なるほど、そういうことか。
「つまり、そっちで追っていた事件とつながりがあったから来たんですね?」
「ほとんどそう。でも、もう一つ理由はあるわ。」
「なんです?」
「あなたがどう対処したのか、その後どういう心持ちなのか、知りたかっただけよ。」
「……」
答えに窮していると、珍しくふっとキーラの口元が緩んだ。
「…アンタの言った通り、タフみたいね。」
キーラが誰かに声をかけた。
「言ったろ?人を見る目はあるんだな、それが。」
キーラの背後から出てきたのは、カレンだった。
「ああ!先輩も来てたんですね。」
見知った顔がいて、心なしか緊張がほぐれる。
「いるとも!あ、腕は平気か?」
……なんでみんな腕のことばっか気にするんだ?
「ああ、はい。もうそれ3回目なんですけど。」
「まあ、気になるからな。他に怪我はないか?」
「これといって。」
「そうか。……ずいぶんオシャレしてるじゃないか。」
私の装備を見てカレンがにんまりと笑みを浮かべて言う。
「うっ……」
さっきまでの緊張がぶり返した。
「なるほど……意外と……アレなんだね…」
「……でもっ……後で脱ごうと!」
本心はさらさずに答えた。
「……持っていけばいいじゃん。まだ使えそうだし。」
「えっ?」
願ってもないアシストに思わず喜んでしまった。
しかしカレンがそう言うと、警官二人が止めに入った。
「あー、悪いけど証拠品だから置いて行ってもらわないと。」
カレンが答えた。
「まあ、いいじゃんか!どうせ使わないでしょ?署長にはキーラが話通してくれるし!」
即座にキーラが切り返す。
「勝手に約束するな。面倒くさいのよ、そういうの。」
警官も割って入る。
「いや、許可云々じゃなくて、鑑識が——」
「じゃあ、ケリー警部補に、娘の友達が街の治安を守ったのに嫌疑をかけられて持ち物をとられそうになったって報告してもいいかな?」
そうカレンが言うと2人の警官は急に歯切れが悪くなった。
「な…!ケリー警部補のって、そうなのか?」
「なんだよ、早く言ってくれ……。」
カレンはニコッと笑って見せた。
安堵と歓喜で私も頬が緩んだ。
すると、カレンが近づいてきて耳打ちする。
「…時計は流石にまずい。“うちの学校で使う”じゃカバーできないし、今回の強盗は計画的なものだ。タイミングを共有できるものがないのは不自然に思われる可能性がある。」
そ、そんなところまで分かっているのか……!
そういえばさっき先輩にも見られていたことを思い出し、また緊張で喉がカラカラになった。
カレンはふっと笑い
「まあ、任せておけ。」
そう言うと私のポケットから時計を抜き出し、
「探してるやつがいたら渡しといてくれ。」
と、報告書を書いている警官に渡した。
……まったく違う時計を。
「ちょうど買い替えようと思ってたしな。あ、そうだ、この時計お前のだろ?なぜか私が右手で握りしめててな。」
カレンは最高の笑顔を見せた。
私は啞然としてしまっていた。
どうしてこんな卑俗な行為をカレンは赦してくれたのだろう?
考えてもわからなかった。
結局、“私の時計”は、私のポケットに戻ってきた。