第6章
ダンッと大きな銃声が部屋中に響く。
ターゲットのアーマー設定はⅢだが、見事にプレートを打ち抜いた。
「やるじゃん!」
隣のレーンからレイナが感嘆の声を上げる。
「もちろん。口径も変わってるしな。」
撃ち味は悪くない。
火力不足感もない。
「んじゃ、私も!」
レイナも自前のMk.18をケースから取り出す。
前に見たときは14.5インチのバレルだったが、今日は10.5インチ(10.3かもしれない)に戻っている。
私たちの使う銃は軍や警察から流れてきたものが半分、メーカーから支給されたり新しく購入したものが半分といった具合だ。
しかし、予算の都合上、ある程度使える部品を寄せ集めて、一つの銃にしている場合も多い。
Mk.18と言っているこの銃も、もとからMk.18として製造されたものなのか、元はM4A1なのかAR-15系列のクローン銃なのか分からない。
レイナに見せればわかるだろうが。
「あたしもバレル新しくしたんだよね。」
そう言ってレイナはプレート付きのターゲットに向かって撃つ。
予想とは裏腹に、プレートのど真ん中に穴が開いた。
「おほ~!さすが高い弾買っただけあるね。」
いつの間にくすねたんだろうか。
「それ、私のだろ!」
「いいじゃん!ずっとAK使うんでしょ?」
「それは……」
AKを構え直してダダンッと指切りで撃つ。
マズルの跳ね上がりが大きいため、レイナのターゲットと比較するとまばらにヒットする。
「え?使わないの?」
「そんなことない!ただ、ちょっと……」
何か知らんが当てにくい。
口径やサイズが違うとはいえ、現場で使ったAKS-74Uはここまでじゃなかったのに。
元のカスタムではフロントに重さが足りないのだろうか?
しかし、前を重くすればするほど保持が大変になるし、素早く構えることもできなくなる。
「はぁ……慣れが必要だな。」
構えを止めたところでレイナがあの質問をしてくる。
「そういや、腕を撃たれたって聞いたけど平気なの?」
あれから1週間たつが、骨にまで達してはいなかったこともあり、今はほぼ完治している。
痕はまだ残っているが。
しかしまあ、ただ撃たれただけって感じだ。
「平気だって。腕を撃たれるのって、なんか、そんなに重大なことなのか?」
「あたりまえじゃん!銃が撃てなくなるからね!」
その意気揚々とした、あまりに普通の答えに沈黙してしまった。
だいたい私はその後も普通に撃ってたし。
……
「……いや、なんで私は普通に撃ってたんだろう……」
ふいに疑問が浮かんだ。
いま落ち着いて狙っても制御に苦労するのに、なんで現場では戦えていたんだろうか。
拳銃だってそうだ。片手撃ちなんてしたことないのに命中した。
アドレナリンが出ていたから?
それとも本当にビギナーズラック?
「お前、片手で拳銃撃てるか?」
レイナに聞いてみる。
「んんー?」
ターゲットをラウンドアバウトに設定したレイナは得意げだった。
ブザーの音が鳴った瞬間、レイナは腰からクロスマスターを取り出し、左手撃ちで5つの的を撃ち抜いて見せた。
2秒ちょうど程度だった。
「……」
「…撃てるけど?」
なんだか腹が立ってきた。
こいつ、努力して得意になったことはあまり周りに話したがらないタイプか。
1年のときはここまで早くなかったし、それこそ分解の方が得意そうだった記憶がある。
「お前にできるなら誰でもできるか……」
「あ!いま!バカにしたな!」
いつも通り突っかかってきたところで、カレンが射撃場にやってきた。
「お前らいっつも楽しそうだな。調子はどうだ、アン?」
「悪くはないですが……」
総合的に見れば、そう。
「銃は?」
「反動がキツいですね。前は小口径だったおかげかうまくいったんですけど…」
「どれ、まずは単発で撃ってみてくれ。」
言われるがままにターゲットに向かって射撃する。
命中こそすれ、肩付近に散った弾もある。
「うん…スタンスが悪いとかではなさそうだが……点射ではどうだ?」
結果は変わらなそうだが……。
レシーバーの右側を確認しながら、セレクターを真ん中に合わせ、フルオートに切り替える。
「ふ……お前ならバーストに合わせると思ったが、ちゃんとフルにするんだな。」
カレンが片頬で笑顔をつくる。
「指が凍えてもない限り、バーストにしておくメリットは薄いですからね。」
今までの人生でバーストのほうが戦術的優位に立つ場面は少なかった。
とはいっても、指が凍える機会の多い“私ら北の生徒”はあえて使うこともあるかもしれないが。
レイナが不思議そうな顔をする。
「なんで?G18より93Rの方が制御しやすいじゃん。バーストだから。」
カレンが驚いた表情でレイナを見つめ直して言う。
「さすが、目の付け所が違うな。」
まあ、残念ながらここに93Rは1丁もないのだが。
AKを構え直し、ターゲットに向けて3点射する。
最初は跳ね上がったが、2回目、3回目はほぼ全弾胸に命中した。
「あれ、単発より制御しやすいですね。」
「よくわかんねーな。40連装のロングマガジンあるからフルオートで打ち尽くしてみろよ。」
またカレンが悪い笑顔をする。
そんなことしたら跳ね上がって天井を撃ってしまうだろう。
だが、まあ、そろそろこの武器の持つ、本気のパワーを感じてみたいとも思っていた。
カレンはそういう、人間の心のさざ波みたいなものを捉えるのが、いやに上手だと思う。
そういえば、なぜカレンは7.62mm用のマガジンなど持っているのだろうか?
「しょうがないですね。……ところで、そのマガジンってどこで……?」
「ん、これは友達のものだ。勝手に借りてきたが、まあ別に使わんだろう。」
そのとき、射撃場に一人の生徒が入ってきた。
キャップをかぶり、目元は良く見えないが、綺麗な赤毛のポニーテールが目を引く。
揚々と話すカレンにずんずんと近づき、マガジンを奪い取ると静かにこう言った。
「次やったら殺すぞ。」
「ワッ!!」と叫んでカレンの体が一瞬跳ねた。
こうやって近くに来ると、かなり身長が高い。180cm超えているかも。
さっき言ってた友達とはこの人のことなのか。
ポニーテールの女性は静かに続ける。
「見舞いに行くんじゃないのか?」
カレンが答える。
「これが見舞いみたいなもんさ。紹介するよ、こいつがアンで、あっちの茶髪がレイナだ。」
「ちゃーっす!」
レイナが適当に挨拶してくれるからいつもハードルは低い。
「アン・コリンズです。現在はBチームに所属しています。」
ポニーテールの女性が私に近づく。寡黙なせいもあって威圧感が凄い。
「…この前の事件について聞いた。死体で対面する羽目にならなくて良かったな。」
「あ、はい。」
「……」
カレンが口をはさむ。
「いやあの、おめー様に名前はねーのかよ。」
しばし、ポニーテールの女性とカレンの目が合う。
「うるさいぞササキ。」
「苗字で呼ぶのやめろ!」
どうやらカレンの扱いを心得ている人物のようだ。
「自己紹介が遅れて悪い。私はメリー・アンダーソンだ。コールサインは“シェパード“だから現場ではそう呼べ。」
レイナと私は同時に返事をする。
「了解しました。」
「了解!」
カレンがまたしても口をはさむ。
「ちなみにメリーは愛称じゃない。ご両親は軍人で、軍とは関係ない方面に進んでほしかったらしく陽気な名前を付けたが結局のところ大口径のライフルが好きになった。で、最も兵士らしいからコールサインも軍用犬のシェパッッ」
メリーが拳でカレンの頭を思い切り殴った。
「べらべらと他人のプロフィールを喋るな!耄碌して私にも口と手がついてることを忘れたのか!」
カレンも反撃する。
「う、うるせ~~~!!その口と手を私とのアレやソレだけに使ってくれりゃあいいのによ~!!」
「えッッ!?」
純粋なレイナが反応してしまった。
メリーは否定せずに続ける。
「気絶するくらい激しいのをくれてやっても構わんぞ」
おそらく正当な意味だろう。
「ええッッ!?」
一旦レイナは黙っててほしい。
なんだろう、地獄のようになってしまった。
「あのっ!メリー先輩のマガジン借りてもいいですか?」
決死の覚悟で話題をそらした。
二人が私の方に視線をやると、カレンが思い出したかのように話す。
「ああ、そうだった。武器のテスト中なんだ、貸してやってくれよ。」
メリーは大きくため息をついたが了承してくれた。
「……いいだろう。だが、ウチの生徒でAKとは珍しい。」
「この前変えたばっかなのさ。運良く手に入ったんだ、腐らせるのは持ったいないだろ?」
「変えた、といえばお前も時計変えたな。」
「え、やだもー!気づいちゃうんだもんなー!」
なんだかんだカレンとメリーの仲は良いようだ。
メリーの樹脂製のマガジンをAKにとりつける。おそらくはMAG-WEAR製だ。
「じゃ、撃ちます。」
そう言うと、お預けを食らってた分、思いっきりトリガーを引きっぱなしにした。
ターゲットが圧で吹き飛んだ。
久々にスッとした気分になった。
レイナが驚きの声を上げる。
「えっ!!ほぼ全部!同じところ当たってなかった!?」
メリーも険しい表情になる。
「…腕を怪我してたんじゃないのか?」
「え、ええ、まあ、怪我はしてますけど…」
突然注目されてむずがゆい気持ちになる。
考え込んでいたカレンが口を開く。
「実は単発撃ちから動画を撮ってたんだが、お前、トリガーハッピーの才能あるよ。」
「あんまり嬉しくないですね……」
「いや、でも見てよ、最初こそ跳ねるんだけど、だんだんと安定性も命中率も上がってるように見える。もしかしたら、強い反動に対抗するため、無意識下で一時的に身体機能を強化している可能性はある。」
「……そりゃあ、みんなそうでしょう?」
「ああ、いや、私が言いたいのはこう……ブチギレゲージというか、L3+R3で覚醒!みたいな……」
「要は、“ここぞというときにスーパーパワーを発揮して身体能力を高められる”と言いたいんだろ。」
「まあそんな感じよ。」
「……」
そんな馬鹿な。現実的ではない。
もっと地味な要因が必ずあるはずだ。私の体格と相性がいいだけかもしれない。
「最新式のアサルトライフルだから、エルゴノミクスに優れているだけですよ。きっと。」
「いやいやいや、気づいてるでしょ?どう考えてもソイツは——」
「どちらにせよ、そううまくは使いこなせませんよ!普通40発も連射しませんし!」
少し語気が強まってしまった。
澄ました表情のままメリーが話す。
「しかしカレンの線も間違いではない。もしかしたら、副次的効果の可能性はある。」
カレンが悪い笑顔になる。
「ああ、そうか!もっといろいろ試せってことか!」
「え?」
「全員2時間後にキルハウスへ来い!遅刻厳禁な!」
そう言うとカレンとメリーは射撃場を出て行ってしまった。
私は今から何をさせられるんだろうかと考えていると、レイナが射撃場のレーンからターゲットを拾ってきた。
「ねーこれ、弁償とかなんないよね?」
そう言うレイナの手元には、胸の部分に穴が開いたステンレス製のターゲットがあった。
第7章
一抹の不安を抱えながらも、レイナと一緒にキルハウスに来た。
「ぜんっぜん、話聞いてなかったんだけど!なにすんの!?」
目を輝かせているレイナに、カレンが微笑んで答える。
「簡単なゲームだよ。暗闇の中で1vs1のガンファイトだ。」
ゲームか。といっても訓練に近いが。
「対戦には無線接続した遊戯銃を使う。ルールは壁抜けありで、3発食らったら負け。負けたら……そうだな……一旦、特殊科への編入はナシってことで。」
「「えっ!!」」
ただのゲームだと思ってたのに!
まるで実技テストじゃないか!
私がレイナに勝てる見込みは?
暗闇なら両者ともハンデがあるし、レイナには陽動が効くから意外といけるか?
「……」
レイナはもう真剣な顔をしているし、交渉の余地はないようだ。
手早く装備を渡され、キルハウスに放り込まれる。
大きいサプレッサーの付いたG17、第3世代……のエアソフトだ。
パワーソースは電気だが、トリガーを引くと反動がくるし、マズルフラッシュもある。
発砲音はサプレッサーを付けた9mm口径のような音が鳴る
装備を持ってきたメリーがルールの補足をしてくれた。
「仕組みとしては受信機を体に身に着け、銃から発射された無線を拾う……つまり、レーザーに当たってしまうと受信機が振動して音が鳴る。3回鳴ったら負けだ。」
カレンの放送が入る。
「レイナは向こう側へ!アンは手前側の入り口からスタートだ!移動したら照明を落とすぞ!」
まったく!せっかくあんな事件を切り抜けたっていうのに!
それにまだ怪我してから1週間だぞ!
その時点でフェアではないし、アイツの方が拳銃はうまいんだからそれもフェアじゃない!
……
…
…いや、単純にレイナに勝てないんじゃないのか、入隊できないんじゃないのか、不安なのだ。
少し前まで特殊科に応募するんじゃなかったとまで考えていたが、今はウルフのチームに入りたいと思っている。
それだって不安だったせいだ。特殊科で、さらにトップの成績などという天才の領域でやっていけるか不安だった。
だが、インターン先で“経験”を積んだことで不安が軽減していた。
こうやって人は“プロ“になっていくのだろう。
今、目の前にある不安に立ち向かわなければいけないのだ。
「じゃあ行くぞー!」
カレンのアナウンスが入る。
次第に施設全体が暗くなり、しまいには目の前すらも見えなくなった。
「10秒前!」
暗闇の中でチャンバーに指を入れる。
何もなくて焦ったが、遊戯銃だから当然か。
「3、2、1……」
ふーっと息を吐いて呼吸を整える。
集中しなければ。
「ガンファイト!」
まだ動揺が残る中、悪夢のようなゲームが始まってしまった。
「……」
「……っ」
暗闇のせいで、しょっちゅうそこらの物にぶつかる。
音を立ててしまえば相手のアドバンテージだ。
こっちもきちんと耳を澄ませな——
「いぎっぎぎgいtったあああ!!」
バカの声が響く。
何やってんだアイツ。
続いてカレンのアナウンスが流れる。
「おい!暗視ゴーグル使うな!バカ!レイナは罰としてライフを1点減点だ!」
あのアホンダラ、そんな汚い手を使おうとしてたのか…!
どうりでさっきまでいないと思ったわ!
もう同情の余地はない。
怒りをこらえていると、正面から走る音が聞こえてくる。
カシュン カシュン という銃のブローバック音も。
「…ッ!!ぐっうう!!」 突然体中がつねられているような痛みを感じる。
「あ!言い忘れてたけど撃たれると電気流れるからなー!壁抜けもあり!」
な!そういうことは早く言え!
というかメリーの説明と全然違うんですけど!!
いや!それよりもどうやって気づいたんだ?
一瞬装置を使った間に私の影か何かを見つけたのか?
あのバカ、そういう「運」みたいな「直感」みたいな本能的感覚だけはある。
適当にその辺を撃ちながら、右のドアを体当たりで開ける。
暗いとはいえ、訓練で何度も使ったことのある間取りだ。
この辺の構造はなんとなく覚えているおかげで、ある程度動きやすい。
しかしそれはレイナも同じだし、覚えているといってもうろ覚えだ。
「クソっ!もうあと1回で……」
次食らえばもう生身だ。レイナも同じだろう。
もう両者とも引けない。
「両者とも残りライフ2だ!ほらどうした!コソコソ隠れてんじゃねえぞお前ら!」
カレンが煽る。
「おい!左の角にいるぞ!違う!お前は直進しろ!」
クソ!指示厨やめろ!!
集中できない!どこだ!!
ガシャシャシャシャシャ!という連射音が聞こえて咄嗟にその場に倒れこんだ。
「さすがラッキーガール!MP5を見つけたか!」
バトルピックアップまで用意してあったのか……
レイナはどうやらその辺にあった武器を見つけたらしい。
それに比べて私は自分の正確な位置もわからない。
クソ。
もう無理だ。
こんな状況で勝てるわけがない。
だいたいこんなゲームに何の意味があるんだ!
私に眠れるスーパーパワーでもあると勘違いしているのか?
そんなもの!現実的に考えてあるわけがない!!
クソ!!
それでも勝たないと入隊できないなんてバカじゃないのか!?
突然体中が引きつって痺れる。
「ぐッ……~~~ッッ!!」
被弾したらしい。声を押し殺してその辺をのたうち回る。
クソ!クソ!!クソ!!!
なんでこんな目に合わなくちゃならないんだ!!
あいつ壁抜きうますぎるだろ!!
もうなんでもいい!!どうにでもなれ!!
そう思いながらひたすらその辺を転がっていると、強い香りが鼻についた。
「……?」
最初は何かそういうギミックか、トラップかと思った。
だがそれにしては意図がよくわからない。
すぅーっと、大きく鼻で吸い込むと、ある匂いだと気が付いた。
…あいつが昼に食ってたレーションの……ホウレンソウ味のパスタか。
レイナのやつ、パスタを加熱しすぎて運ぶとき盛大にぶちまけてたんだよな。
その匂いが、線のような、温度のような、音のような……そんな風に感じられる。
音はしないが、だんだんと左から右に移動して、濃くなっていく。
だんだんと私の後方のドアに向かっているのがわかる。
ホフクの状態から、腹筋をするみたいに仰向けに体制を変え、ドア付近に向けて撃ちまくった。
「い”っっ”!!!」
そこにいたな!!!まぐれで良いからもう一発当たっちまえ!!!
ドア付近から少し遠く、ゴトン!と音がした
飛びのいてその場を逃れたようだ。
つまりはまた壁抜きの嵐がくる。
案の定、連射音が聞こえ始めたが、その時にはすでに私は走っていた。
今いる場所は分からないが、空気の流れは少しつかめる。
つまりは、どこが部屋の出口かぐらいはわかるようになった。
何かの映画で有名な俳優も言っていたが、匂いは案外重要だったりする。
あいつが昼にパスタソースまみれになってたお陰で助かった。
「おいおい!なんだ!?急に白熱してんじゃねーか!両者とも残りライフ1だ!」
「何してる!やっちまえー!!」
「レイナちゃーん!がんばえーー!!」
「“B-2”!!絶対負けるな!!」
「それよりお前なんで電流なんか流れ——」
…なんかギャラリーがすごいいる気がする!
カレンがどんなお祭りを開いているのかは知らないが、とにかく集中しなくては。
いま一度、大きく息を吸い込む。
……さっきと違って全然方向が分からない!
こっちはさっきレイナがいた場所なのか…!残り香のせいで分からない!
有利かと思ったが、あいつが動けば動くほどに不利にもなるのか……!
ガラガラガラ!
足元で缶のようなものが倒れる音がした。
「!!」
鳴子のトラップだと!!
敵に回すとここまで恐ろしいヤツだとは……!
即座に連射音が遠くから聞こえ始めた。
逃げるとしたらここしかない!
咄嗟に鉄棒のようなものをつかんだ。
レイナは10発ほど撃っただろうか?弾がもう少ないのか、すぐに射撃を止めた。
どうやらゲームオーバーは免れたらしい。
しかし、いいハイドポジションを見つけた。
マガジンを腰からわざと落とす。
カッ コン と音を立てる。
カシャッ カシャッ という射撃音が前から聞こえてくる。
匂いがだんだんと濃くなる。
匂いが私の後ろを通って、頭の上に移動する。
私は天井に張り付いていたのだ。
レイナが道を通り過ぎるのを待って、私はゆっくりと体を起こした。
そして、天井の骨組みを左手だけでつかみ、右手の銃でレイナの方向に向かってありったけ射撃した。
……のだが。
「いっ“!!」
私は突然の激痛になすすべなく、天井から落っこちた。
「ぐえっ!!……いってて……あ、やばやば!声出ちゃった…………あれ?」
「終了!!」
カレンのアナウンスが聞こえる
「勝者はレイナ!!」
「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」
会場は湧きまくっているが、私はそんな気分ではない。
大きく息を吐いてその場で脱力した。
「一体、なんだってんだよ……」
私のつぶやきに応えるようにカレンが話す。
「いや~!最後!アンが天井に隠れたときは天才かと思ったけど、レイナがこけるとはね!」
そういうことかよ。
じゃあ何か。あいつ転んだ拍子に後ろに向かってトリガー引いたのか。
もうあいつの後ろに立つの嫌なんだが。
「あ……そうか、もうバックアップもできないか……」
私は負けた。
特殊科の編入はなし…
その事実にだんだんと悔しさと、空虚な何かがつのる。
「え?やった!私の勝ち?やったー!!へへ!ざまあ!!」
やっぱコイツ殺してやろうかな。
怒りと悔しさと悲しみがピークになる前にカレンがやってきた。
「いやー、お疲れ!やっぱ二人とも見込んだだけあるわ!うん、これテストじゃないから二人とも明日からよろしく!!」
「……は?」
疲れていたせいもあって、めちゃくちゃな態度だったが、構わずカレンは続ける。
「いやー、てかアンちゃんすげえわ。腕怪我してんのに天井に張り付いてたし!」
「……あ!」
そうだった!もともと触らなければ大して痛くはなかったが、夢中すぎて忘れていた。
「あー!確かにー!なんかあれなのかな……筋…なんたら力的なの凄いんだよ!!」
レイナもはしゃいでいる。
私はそんなにガタイ良くないのは見ればわかるだろうが。
「うん…やはりアンちゃんの場合、“体力”みたいな大きな括りで増強されているのか、なんなのか……。まあ、そういうのは追々わかることだし、もっと安全に検査もできるから気にすんな!」
……色々言いたいことはあるが、一つだけ疑問が残った。
「そうですか……。でも、それで言うとレイナはその、ガンスミス的要素はなかったと思いますが……。」
やはり、そもそもの戦闘センスなのだろうか?
それとも暗闇で武器を見つけられるスーパーパワーがこいつにはあるのか。
「……レイナってガンスミス得意なの?」
苦笑いを浮かべながらカレンが聞く。
「え?」
「え?そうに決まってるじゃないっすか!」
それ目的でスカウトしていたはずだが、カレンはよく知らないのか?
「いやそれは冗談でしょ。だって、この前もライフルぶっ壊してなかった?経理の人キレかけてたよ?」
「え?え??」
レイナは困惑していたが、私も困惑した。
「カレン先輩は、てっきりレイナのその、ガンスミススキル(笑)を当てにしてたのかと…」
「そんなわけないじゃん。」
真顔になるカレン。
「ええええーーー!!」
愕然とするレイナ。
「そんなことより、こいつは天賦の才があるだろう。アンちゃんは何度も経験してると思ったけど。」
何のことだろうか?
カレンが続ける。
「レイナの能力はすなわち“幸運”だよ。いや、“激運”ぐらいいってるかもしれない。とにかくあり得ないほど運がいいじゃん。しかも常時。」
まあ、言われてみれば確かにそうだ。
度重なる危険な改造実験や暴発事故でも本人はかすり傷ひとつない。
射撃場での片手射撃も、さっきの壁抜きもマグレ並みの精度だった。
そして、なにより納得できるのは私にトドメを指した最後の一手の存在だ。
なんか…思えばこっちの弾もうまく当たってなかった気がするし、途中で強い武器も拾ってたし、こいつのレーション大体いつもチョコ入ってるし……。
……もしかして、この前の強盗事件で負傷が左腕だけで済んだのは、レイナのライトを装備していたおかげ……というのは、さすがに考えすぎか。
「でもそれって、能力と言っていいんですか?たまたまってこともあるでしょう?」
「運も実力のうち、という考え方もあるが、おそらく危険予知能力みたいなものが無意識に発動しているのかもしれないな。それに偶然にしては頻度も質も高すぎる。レイナおまえ、サバイバル訓練に参加してただろ?2週間の間どう過ごしてた?」
レイナが意気揚々と答える。
「えっと、最初は民家をみつけて、缶詰でしのいでたけど無くなっちゃったから、10日目ぐらいからウサギとかシカとか捕まえて食べてたかな!あ、そうそう!廃墟だったけど発電機が生きてて、なんと電気ヒーターが使えたんだよ!!」
めまいがしそうだった。
民家?缶詰?ヒーター…??
ボーイスカウトのキャンプと間違えてるんじゃないのか?
カレンも絶句していた。
「それって、最低ラインがウサギってこと…?」
「いや?一応サソリとかも食べたけど……コショウとかハーブとかあったから結構いけたよ!」
私らが1日3ダンゴムシで凌いでる間にこいつそんなことしてたのか。
「演習の方はどうだったんだよ!一応、制圧目標とかあっただろ?」
「あれは正直よくわかんなかった。室内戦だと普段とあんまり変わんなかったし。あ!ぬかるんでて泥が靴に入っちゃってもう最悪だった!」
「わかった。もういい。もうその話はしないでくれ。私も振らないから。」
カレンの方が折れた。
4年生が受けた訓練は今より厳しいらしいし、ショックなのは当然か。
「まあ、どっちも優秀なのはよくわかったよ。それじゃあ、明日から特殊科のオリエン始めるから、二人ともゆっくり休んで!」
笑顔で言うカレン。ここだけ見れば底抜けに優しい先輩にも見える。
「そういえば急に撃たれたけど、何でわかったの?」
レイナが私に聞いてくる。
「ああ、あれは……………あー、いや、多分、たまたまだろ……」
まあ、匂いなのだが……
ただ、なんていうか……さっきのスーパーパワーの話を聞いてふと、もしも、私にもそういう力があって、それが“嗅覚”だったとしたら……
たしかに場合によっては強いが、地味というか……
正直ちょっと変態っぽい気がするというか……。
なんだか急に恥ずかしくて言い出せなくなってしまった。
「なにその言い方!?絶対なんかあるじゃん!」
レイナが食いついてきた。
てきとうに誤魔化しておくか。
「……パスタこぼしたところが蛍光色に光ってたんだよ。」
この日以降レイナはレーションの成分表示を見るようになった。